「汝の食事を薬とし、汝の薬を食事にせよ」これは、ヒポクラテスの言葉です。
そして、東洋医学には「医易同源」という言葉があります。張景岳らの唱えた説のようで、本来医者は、陰陽五行にも精通し、病気の治療と同時に易経を通じて、自然の動きと人間のつながりを理解すべきだというのです。
日本易学振興協会会員のなかにも、医療関係者の方がいらっしゃるので、実にたのもしい限りです。
数年前、家内が皮膚ガンかもしれないと診断され、紹介された大病院に伺いました。身内のことはおどおどと焦るばかり。しかし、易占で病気如何を立てて、医者に頼って、事なきを得ました。
その時、通院していた皮膚科の先生がとても親切で、精密検査の結果、「よかったですね。陰性ですよ!」と飛びっきりの笑顔で不安がる私たちを安心させてくださいました。処置も無事終わり、通院最後の日、ペコリと頭を下げて、「また何かあったら伺います。宜しくお願いします」というと、「もう病院には縁がない方がいいのよ」。との一言に、感激しました。健康であれば、医者は必要ないことが理想だとおっしゃいました。まさに〔医は医なきを期す〕ということでしょう。
占いも、すがらないで、自立を促すことが本来の目的ではないかと思います。
心医ホジュンと易学の理論
心医と呼ばれた、卑しい身分から、王室の医師にまでになった李氏朝鮮の許浚(ホジュン)が思い浮かびました。ドラマの中で主人公のホジュンが若い頃に、気功導引術のアン先生に教わったなかで、
病を治すには、先に心を鎮めねばならぬ。患者の心から、疑念や雑念を取り除き、体を自然に委ねるのだ。心を天とみなし、心と天を一体にすると心が和らぎ、人格が穏やかになり、自然と病が癒される。と言って、次のような台詞がありました。
「天と地があるように、頭は丸く、足は四角い。天に九星があるように、人には九穴がある。天に十二支があるように、人には十二経脈がある。天に二十四節気があるように、人には二十四兪がある。空が365度あるように、人には365の関節がある」
これは、天人地の三才観のような易的な東洋思想を述べていると思います。
そして、健康読本の代表とも言われている『健康家族新書』(アデル・デービス著、渡辺正雄訳)には、開口一番「医者は病気の時に、治療の脇役を果たすだけである」との一文がありました。
医者は、その専門分野については確かに詳しいのですが、自分の身体や気持ちのすべてを知っているわけではありません。だから、とにもかくにも自分の身体は、まずは自分で守らないと。と痛感しました。そのためには、自分自身と対話して、感じることが大事だと思いました。
現在病気療養中の易友へ篠原佳年さん著『快癒力』をお勧めしました。どうか、元気を出してください。こちらからも、いい方向にいきますようにと祈っています。
以下、『快癒力』より抜粋します。
「いいですか。病気を治したかったら、一にあきらめる努力、二に忘れる努力、三に人の世話をすることです。人のために夢中になっていると、自分の病気は消えていきます。自分の病気に集中していた気が外へ向かい出したためだと思われます。一番いけないのは四六時中、自分の病気を意識していること。人のために何かを夢中になってすることは、意識を自分の病気から逸らすのに一番よい方法のようです。自分が病気や不幸になっている時に、〔人のため〕を考えるなんて出来ないと思うかもしれません。でも逆に、病気や不幸を大きくしてしまうのは、自分のことしか考えられないからかもしれません。治ったイメージを持つこと。そして、治ってからやりたいことをやっているイメージを持つことです。不幸を数えて暮らすより、幸せを数えて暮らしたいものです」
という一節がありました。
少しでも、ほんの少しでも意識を切り替えられる事が何よりなのだと思い、ここに掲載させていただきました。(磯部周弦)
日本易学振興協会では、宇澤周峰先生が東京などで易経とともに、本格的な筮竹を使った周易・易占教室を開催しています。主に、三変筮法、六変筮法を中心にした易占法です。詳細はこちらからどうぞ。